Being a Good Disciple 良い弟子となる

Knowing Christ, being changed, Kingdom-minded

キリストを知り、変えられ、御国を思う信仰

2017/11/26

SCRIPTURE - Philippians 3:1-11

Finally, my brothers, rejoice in the Lord. To write the same things to you is no trouble to me and is safe for you.

Look out for the dogs, look out for the evildoers, look out for those who mutilate the flesh. For we are the circumcision, who worship by the Spirit of God and glory in Christ Jesus and put no confidence in the flesh— though I myself have reason for confidence in the flesh also. If anyone else thinks he has reason for confidence in the flesh, I have more: circumcised on the eighth day, of the people of Israel, of the tribe of Benjamin, a Hebrew of Hebrews; as to the law, a Pharisee; as to zeal, a persecutor of the church; as to righteousness under the law, blameless. But whatever gain I had, I counted as loss for the sake of Christ. Indeed, I count everything as loss because of the surpassing worth of knowing Christ Jesus my Lord. For his sake I have suffered the loss of all things and count them as rubbish, in order that I may gain Christ and be found in him, not having a righteousness of my own that comes from the law, but that which comes through faith in Christ, the righteousness from God that depends on faith— 10 that I may know him and the power of his resurrection, and may share his sufferings, becoming like him in his death, 11 that by any means possible I may attain the resurrection from the dead.

聖書-ピリピ人への手紙 3:1-11

3:1最後に、私の兄弟たち。主にあって喜びなさい。前と同じことを書きますが、これは、私には煩わしいことではなく、あなたがたの安全のためにもなることです。 3:2どうか犬に気をつけてください。悪い働き人に気をつけてください。肉体だけの割礼の者に気をつけてください。 3:3神の御霊によって礼拝をし、キリスト・イエスを誇り、人間的なものを頼みにしない私たちのほうこそ、割礼の者なのです。 3:4ただし、私は、人間的なものにおいても頼むところがあります。もし、ほかの人が人間的なものに頼むところがあると思うなら、私は、それ以上です。 3:5私は八日目の割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、 3:6その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です。 3:7しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。 3:8それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、 3:9キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。 3:10私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、 3:11どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。