2018 / 2 / 22

レビ記2223章 ・ 使徒7:1-53

Leviticus 22-23 / Acts 7:1-53

『真心からの捧げもの』
【レビ22:17 ついで【主】はモーセに告げて仰せられた。22:18 「アロンとその子ら、またすべてのイスラエル人に告げて言え。だれでも、イスラエルの家の者、またはイスラエルにいる在留異国人がささげ物をささげ、誓願のささげ物、あるいは進んでささげるささげ物として、全焼のいけにえを【主】にささげるなら、22:19 あなたがたが受け入れられるためには、それは牛、羊、あるいはやぎのうちの傷のない雄でなければならない。22:20 欠陥のあるものは、いっさいささげてはならない。それはあなたがたのために受け入れられないからである。」】

①主は、捧げものは「傷のないもの」でなければならないと命じられました。
私たちの罪のために、いのちを捧げて下さった「イエス様」は
「傷のない完全なお方」なのです。

また、傷のないものを捧げるとは、私たちの「心の姿勢」が問われます。
イエス様は、ご自分の命を「真心をもって」捧げられました。

私たちも、主に「捧げものや奉仕」をするならば、
いのちを救っていただいた恩を感じながら、
「真心からの捧げもの」を捧げるのです。

『死の恐れを越える、聖霊の力』
【使7:51 かたくなで、心と耳とに割礼を受けていない人たち。あなたがたは、父祖たちと同様に、いつも聖霊に逆らっているのです。7:52 あなたがたの父祖たちが迫害しなかった預言者がだれかあったでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって宣べた人たちを殺したが、今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。7:53 あなたがたは、御使いたちによって定められた律法を受けたが、それを守ったことはありません。」】

①ステパノは、無実の罪で投獄され、議会で尋問を受けました。
彼は、大祭司や祭司たちの前で、恐れることなく、
大胆に選民の歴史を語り、指導者たちの罪をはっきりと語りました。
それによって、自分が殺されそうになることも、気にしていませんでした。
ステパノは、聖霊の力に満たされて、恐れを越えて、語り続けたのです。

聖霊が働かれると「死の恐れ」さえも、越えることができるのです。

藤本先生