2018 / 10 / 8

イザヤ2728章 ・ ヘブル11:1-16

Isaiah 27-28 / Hebrews 11:1-16

『主と和を結び、再臨に備える』【イザヤ27:5 しかし、もし、わたしのとりでにたよりたければ、わたしと和を結ぶがよい。和をわたしと結ぶがよい。27:6 時が来れば、ヤコブは根を張り、イスラエルは芽を出し、花を咲かせ、世界の面に実を満たす。】
①天の父なる神は、信じる者たちを祝福したいと考えておられることが分かります。しかし大切なことは、私たちが「主と和を結ぶこと」です。 主は私たちに救いの手を伸ばしておられます。しかし私たちが受け取らなければ、それは地に落ち、私たちには届かないのです。
②再臨の時が来れば、多くの変化が起こります。特に神を信じる者たちは、明らかな形で、世界に影響を与えるように用いられるのです。

『私たちを見て、誇りに思って下さる主』 【ヘブル11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。11:13 これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。11:14 彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めていることを示しています。11:15 もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。11:16
しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。】
①神様に喜んで頂く唯一のものは「信仰」です。そして多くの信仰の先人たちが、「信仰」のゆえに、「約束のもの」を信じながらも、受け取ることなく、「信仰の道」を歩みきったのです。そのような献身の生涯を見て、神はそれらの人々を 「誇りに思われた」のです。私たちが、後(うしろ)のものを忘れ、主に従いながら歩む時、主はあなたに対しても「誇りに思われる」のです。

 

藤本先生