2017 / 11 / 29

エゼキエル810章 ・ ヨハネ20:19-31

Ezekiel 8-10 / John 20:19-31

『主の前に、隠し事はできない』
【エゼキエル8:11  また、イスラエルの家の七十人の長老が、その前に立っており、その中にはシャファンの子ヤアザヌヤも立っていて、彼らはみなその手に香炉を持ち、その香の濃い雲が立ち上っていた。8:12  この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちがおのおの、暗い所、その石像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、『主は私たちを見ておられない。【主】はこの国を見捨てられた』と言っている。」8:13  さらに、私に仰せられた。「あなたはなおまた、彼らが行っている大きな忌みきらうべきことを見るだろう。」】
①イスラエルの長老たちは、隠れたところで、主ではないものを拝んでいました。 主は見捨てられたと勝手に考え、主が嫌われることをしていたのです。
②苦しみの時、私たちに出来ることは、主を求めることです。 そして悔い改めることです。 へりくだって救いを求めれば、主は助けて下さるのです。 主以外のものに寄り頼むことは、愚かです。 主は隠れた私たちの心を、全て知っておられるのです。

『すべてを知っておられるイエス様』
【ヨハネ20:25  それで、ほかの弟子たちが彼に「私たちは主を見た」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません」と言った。20:26  八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように」と言われた。20:27  それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」20:28  トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」】
①弟子たちが復活のイエス様に出会った時、弟子のトマスはいませんでした。 そのときトマスが語った不信仰の言葉を、イエス様は聞いておられたのです。 そして8 日後にトマスのそのことを話しました。
イエス様はすべてご存知です。 イエス様がおられないように見えても、 イエス様は、私たちの全ての心を知っておられるのです。

藤本先生